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黒羽紫陽花まつり

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 黒羽の紫陽花まつりに来る様になって、もう何年になるだろうか・・、去年は那須ロードレースの観戦で芦野に行った帰りに、黒羽城址に寄ってのチョイ見だった。しかし今年は、たっぷり時間時間を取って、去年の分もたっぷり楽しむべく満を持してやって来た。

 先ずは大雄寺の山門を潜って石段を登り、黒羽藩藩主大関家の墓にお参りした。「中世の豪族で近世になって黒羽を中心に1800石を領知し、廃藩置県まで国替えもなくこの地方を支配した、近世小藩大名のものであるが規模が大きくまとまりがある」との案内板が建って居た。
 大関氏は秀吉の小田原攻めに参陣、関ヶ原の戦いでは徳川方で上杉氏(当時は会津だった)の動きを牽制、幕末には外様の小藩ながら海軍奉行や若年寄を歴任し、戊辰戦争では新政府側に付いて三斗小屋攻略、会津戦争に戦功を上げる等々、歴史的にも正解の道を選択して居たこと等も今回大雄寺を訪れて判った。
 
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 そして次は、旧浄法寺邸への階段を上がって、お茶を頂いて一休み、以前は黒羽茶と言うちょっと変わった緑茶だった(楽しみにして居た)が、この日は濃い目の普通のお茶でちょっと残念。
 松尾芭蕉は、黒羽藩城代家老の浄法寺図書に招かれ、この旧浄法寺邸に八泊もしたそうで、「山も庭も動き入るるや夏座敷」と、黒羽の山河とこの庭園の美しさを絵画的に表したとパンフレットに書いてあった。

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 流石に当時は、紫陽花はこんな風な植栽では無かった?西洋紫陽花では無く、せめて額紫陽花、できたらヤマアジサイが合ってる?とは思うものの、芭蕉が詠んだ由の庭園なのだから兎も角、味わいもひとしお・・

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 旧浄法寺邸の辺りが芭蕉公園で、隣に黒羽城址公園があってその中に芭蕉の館と言う資料館がある。
 芭蕉に関する資料と大関氏の資料を展示し、入場料は300円なのだが、この日は「黒羽芭蕉の里全国俳句大会」開催記念でなんと入場無料!そして盆栽展もやって居た。来年も来るならこの日に・・と感謝して見学した。

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 そしていよいよ黒羽城址内の紫陽花巡りを始めたのだった、この日は土曜日で訪れる人は多くて賑やかではあるが、朝方まで降った雨でしっとり感も辺りに漂ってと、この日が正に見頃だったと今も思える。

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 空堀にも紫陽花がびっしと植え込まれ、上から眺めると壮観だったし・・

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 空堀にかかる橋を渡って本丸跡へと入り・・

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 那須野が原を望むベンチで昼食にした、芭蕉の館の手前にあった茶坊城山で買って来た野菜パンが美味かった。茶坊城山で昼食と思ったが、混んで居てとても待ち切れないと計画変更したのだが、気持ちの良い眺めを見ながらだったから、こっちの方が正解?

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 やっぱり日本原産のガクアジサイの方が良いかも知れぬ・・

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 このピンク色の花も中々・・、ガクアジサイも西洋紫陽花に負けず劣らず品種改良されて居るのかも知れない・・

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 この美しさは正に旬・・と見て周った。

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 そして売店エリア迄行って、B級グルメもちょっと食べて、黒羽に来たなら鮎でしょ!とばかりの鮎の水槽が置いてあった。この日は那珂橋の辺りで鮎釣り大会の催しもして居た様だし、黒羽の街で夕食用に鮎を買って帰ろうと黒羽城址を跡にすることにした。

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 芭蕉の句に、「行く春や鳥啼き魚の目は泪(奥の細道の旅たちに当たっての感慨でいっぱいの芭蕉は、惜別の情を込めて、この句を詠んだ)」とこの日貰ったパンフレットに書いてあった。
 walkaholicさんから奥の細道のスタート地点は江戸深川の芭蕉庵だよ・・と今朝メールで教えて貰ったが、この句はその時の気持ちを詠んだものらしい・・が、長逗留した芭蕉が黒羽を立つ時も歓待してくれた浄法寺一族の人達にも同じ様な惜別の気持ちだったかも?等々・・

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 毎年来ている黒羽城址だったが、さっきの空堀の底を歩いて橋を見上げて帰るルートを選んでと、この日は紫陽花まつりが何となく名残惜しい・・気分だった。
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by funnpepe | 2016-06-28 20:15 | 旅行・イヴェント | Comments(0)

駅ハイ 新緑の鬼怒川渓谷

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18日(土)はこのコースの最終日だったせいなのか、沢山の人が参加して居た。11:00にスタートし、昼食用におにぎりとペットボトルをコンビニで買って、ガイドマップには頼らずに渓谷沿いの路を選んだ。
 木陰の小路だったし、鬼怒楯岩大吊橋をほぼ横から見ることができたしと、何時もとは違って見えたしと、この日は独自ルートに拘って・・となりそうだった。

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 2012.5に大雨で楯岩近くの斜面が崩壊して仕舞い、以来この鬼怒楯岩大吊橋を渡って、楯岩展望台への階段には侵入禁止だった。

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 しかし漸く1億9000万円の復旧工事が終わって16日から展望台まで登れる様になった・・とのことで(丁度この日の朝刊に紹介されていた)、階段を上がってみると、鬼怒楯岩大吊り橋を見下ろす中々の景色に感動だった。
 折角楯岩展望台まで行ける様になったのだからと、ガイドマップには従わずに、トンネルを通って楯岩鬼怒姫神社へと向かった。

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 その神社の横に階段があって、盾の様に見える岩の様に見えるから楯岩と名付けられたそうだが、直立した岩に沿って付けた階段なので、高所恐怖症の人はちょっと大変と思う程の見晴らしの良い階段だった。

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 展望台まで登り切ると、眼下に鬼怒川温泉の街が、その奥に釈迦ケ岳が見えて会津西街道はその山間を抜けて行く・・と、この辺りの全容を掴める景色だった。確かに1億9000万円かけた復旧工事だったがその価値はあると思いながら展望台を跡にした。この日の朝刊の記事に寄れば、鬼怒楯岩大吊橋に移設されて居た縁結びの鐘ももこの展望台に戻すとのことだった。

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 トンネルを潜って、ガイドマップが指示するコースに戻って・・

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 鬼怒川有料道路の下を潜って小路を行くと、古釜沢に架かる小さな橋があって古釜の滝があった。この日は快晴で暑かったが、ここは涼しかった。崖にはイワタバコのびっくりする位大きくなった葉が茂って居た、開花時期は6~9月とのことだから、もうじき小さな赤い花が咲いてる様も見られるかも?今度はこの料金所の駐車場に車を停めて、見に来ようか・・と駅ハイで歩いたお陰で、観光メニューが増えるのは有り難い。

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 そして、鬼怒川有料道路には歩道もあって、これなら自転車も通れることも、自転車でも楯岩展望台まで行けることも(判っても鬼怒楯岩大吊橋を歩いて行けば良いのでどうと言うことは無いが・・)、この道を歩かなければ判らない。
 沿道には、ニッコウキスゲも咲いて居て、霧降高原の日光キスゲもそろそろ見頃かも知れない?こう暑い日が続くと霧降高原に行きたくなる・・

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 そのままガイドマップに従って歩くと大瀞橋と言う吊り橋を渡ることになるが、その手前の万年橋を渡って・・とここでは指定のコースをショートカットだった。

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 万年橋から下流を眺めても、その大瀞橋は見えなかった。木陰のベンチがあってそこでバーナでお湯を沸かし、ラーメンを作ってコンビニでかったおにぎりと一緒に・・が理想だったが、この日は小佐越駅のベンチでおにぎりのみと質素な昼食だった。小佐越駅のベンチから、会津西街道の正規コースを歩いて行くウオーカが見えるのだが、木陰が無くて暑そうなので、木陰がありそうな鬼怒川渓谷側の道を選び・・

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 仁王尊プラザの自動販売機でアイスを買って一休み・・、結局小佐越し駅からゴールの鬼怒川温泉駅までここが唯一の木陰スポットだった。

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 鬼怒川温泉駅着は14:00だった、歩行距離はショートカットしたこともあって、山旅ロガーに寄れば約7.3kmだった。この日はゴールで、JRからタオル、東武から日本手ぬぐいのチョッピリプレゼントを貰ってと(スタートで両方の駅ハイを申請したので)、ちょっとラッキーだった。

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 そして、早くゴール出来たので大谷公園にも寄って、山野草展も見ることができた。
 ツクシカラマツ、オニシモツケ、オオナルコユリ、クガイソウ、イワカガミ、イタドリ、ツルソバ、ホタルブクロ、ヤブレガサ、カンアオイ等々、名前と実物を見ることができたし、このシライトソウもウツボグサも今が見頃と判ったりと、我が家の野草にも名札が付けられる。翌日早速、ウツボクサの鉢を見つけて早速玄関前に飾って見たが、素朴でカワイイ・・
 
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by funnpepe | 2016-06-20 20:42 | ウオーキング | Comments(0)

県民の日協賛施設巡りで県南へ

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 過去駅ハイでやって来た時も、そしてツイ4日前の老神温泉~足利サイクリングでも足利学校の入口までは来るのだが、又今度になって居た。しかし、県民の日の15日は入場料が無料になる!と知って、平日だったがやって来た。

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 日本で最も古い学校と言うことは知って居たが、昔はそれがどうした?と思って仕舞う程の所だった。しかし相当なお金をかけて、江戸中期の最も栄えた頃の足利学校を忠実に復元したと、この方丈(ほうじょう)と言う建物に入って、アナウンスの案内を聞いて納得だった。
 この方丈と言う建物は、学生の講義や学習、学校行事や接客の為の座敷として使用されたとのことで、一番大きく、当たり前だが敷地の真ん中にある。この建物には、入徳の額が架かった入徳門、学校の額が架かった学校門を通って来るが、それぞれ案内板が立っていて、「入徳とは徳に入ると言う意味で、道徳心を習得する所、すなわち学校に入ると言う意味・・」と書いてあった。

 そして学校門は「日本で唯一学校の額が掲げられた門で、1667年に建てられ、足利学校のシンボルとして江戸時代から今日まで受け継がれて来た・・学校と言う言葉は猛子の中にある言葉・・」とのことだった。 小学校、中学校、高等学校の学校は、この門の額が原典?と思うと、それだけで来た甲斐がある・・

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 そして南側には、南庭園があって、池と築山からなる筑山式泉水式庭園と貰ったパンフレットに書いてあったが、「鶴がはばたく様に見える入り組んだ水際」なのだそうだ・・

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 北側には北庭園があって、こちらは「亀の様に見える水際」なのだそうで、その横に孔子廟の建物が見える。

 室町時代に上杉憲実(のりざね)が書籍(現在国宝に指定)を寄進し、学長制度を設けたこと、鎌倉建長寺住持の1487年の詩文の中で、「足利の学校には諸国から学徒が集まり学問に励み、それに感化されて野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美していたこと。
 そしてフランシスコ・ザビエルも、1549年に「日本国中最も大にして、最も有名な大学」と書いている・・とのことだった。しかしザビエルが母国に書き送ったこの一節は、キリスト教の布教の為に足利学校を取り込みたいとの思惑があったこと等々、ちょっと賢くなったかも?

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 そしてこの日も、足利に来たのだからと、足利氏館跡鑁阿寺にもお参りした。日本百名城のスタンプを貰いに来る人はこの日も居て、スタンプ集めは結構居る?と言うよりは寧ろ、流行ってる?と感じて仕舞う。

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 2月の駅ハイで来た時は境内のお茶店で焼きそばを、そして足利名物揚げ焼売、蒸し焼売も又別のお茶屋で・・と食べて周ったが、この日は道草せずに佐野ラーメンを食べるべく、県道67号で佐野へと向かった。
 しかし、県道67号沿いには、栗田美術館、足利フラワーパークの看板がこっちにおいでとばかりに立っている。栗田美術館は完全入場無料では無いし、足利フラワーパークに入って仕舞うと、広すぎてここで終わって仕舞うからとパスして・・

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 佐野厄除大師前のラーメン屋さんで、佐野ラーメンと餃子が昼食だった。シナチクもチャオシューも厚くて食べ応えがあって、無論ラーメンも美味かった、餃子は滅多に褒めない妻が美味いと言って3個も食べて仕舞う位で、これから足利に行ったら佐野に寄ろうか・・と思う位?

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 そして厄除大師にお参りして、田村耕一陶芸館を見学した。この施設は何時も入場無料の様だったが受付で、今日は県民の日なのでと絵葉書をいただいて鑑賞した。
 田村耕一と言う人は、芸術性の高い「鉄絵」の技法を評価されて人間国宝の認定を受けた人と、パンフレットに書いてあった。さて鉄絵とは?と調べてみると、酸化鉄(鉄に生じるサビの成分)を含む絵の具で素焼きの素地に描き、その上に釉薬(ゆうやく)をかけて焼成と言う工程を採るらしい、酸化鉄を含む絵の具も色々とあったり、そして青磁に鉄絵を組み合わせたりと相当に画期的な成果を挙げた・・とのことだった。
 そんな知識は全く無かったが、確かに良いものなんだなあ・・と思ったり、この人のデザイン力が発揮されている作品のコメントに成る程・・と、短い時間だったが素直に納得だった。

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 そして栃木市では、先ず山車会館に行って、今日は無料ですよー、どうぞどうぞと迎えられ、とちぎ秋まつりの様子を映像を交えて本物の山車を3台見せて貰った。

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 この日の〆は、お隣のとちぎ蔵の街美術館で開催されている「広重 二つの東海道五十三次 保永堂版x丸清版」の鑑賞だった。

 安藤広重と覚えて居たが、正しくは歌川広重であることも、保永堂版と丸清版があることも知らなかった。広重が江戸から京都へ幕府の行事絡みで旅した折りのスケッチを元に最初に出版されたのが保永堂版で、15年後に出版されたのが丸清版とのことだった。
 53の宿場毎に2つの絵があるのだから、どっちの絵が好みか・・、見たことある絵か・・等々全て見て周るのに結構時間がかかったが、又機会があれば見たいと思う程だった。

 そう言えば去年は馬頭の広重美術館で、この日の版画の何点かを見て居たのかも知れない、そして丸清版では画題が隷書体で書かれているので隷書版東海道とも呼ばれる等と、去年広重美術館で展示の解説で書いてあったことを、此処まで書き進んで思い出し、なーんだだった。

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 栃木は例幣使街道の宿場町、そして江戸へ通じる巴波川(うずまがわ)の船運の要所としても栄え、喜多川歌麿も狂歌仲間の豪商栃木と交流があったこと、そして狂歌仲間の栃木の豪商を通じて依頼された肉筆画大作「深川の雪」「品川の月」「吉原の花」を描いたこと。
 その三作は明治の中頃に栃木を離れ海外に渡って仕舞ったが、「深川の雪」は現在箱根の岡田美術館に収蔵されていて、あと二作はアメリカにと、壮大な浮世絵の歴史ロマンがあることも知った。
 栃木にそんな由があったとは・・、この巴波川は知って居る。
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by funnpepe | 2016-06-18 23:13 | 旅行・イヴェント | Comments(0)

栃木県民の日協賛施設巡りで県北へ

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県民の日絡みで見学無料の施設巡りをしようと先ずは那珂川水遊園にやって来た。去年は黄金ナマズだったが、今年は白ナマズを見るのが目的?

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 この那珂川水遊園は川魚の水族館なので、イワナ、ヤマメ、マス、ヒメマス・・、アマゾンのピラニア等々を見ることができる。この日はこの鮎って意外と綺麗と見直した、背びれ、尾びれ、胸びれが黄金色に輝いて見える・・
 ふと白神山地を源流とする赤石川に生息する鮎は黄鉄石の成分吸収し背や腹部が金色になると言う金鮎が鯵ケ沢の道の駅にあったけと2013年五能線沿いのサイクリングの情景を思い出した。その金鮎ををこの水槽に入れてくれれば・・ 

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 そして白ナマズは見つけやすい所に居てくれた。今年5月22日にすぐ近くの那珂川に架かる水遊園大橋の下で採取したとのことだった。白色の魚は100万尾に一尾の割合で生まれ、しかも、大型の魚や鳥などに見つかり易いので、大変珍しい・・とのことだったから、よくぞ捕まえたもんんだなあ・・と言うことになる。そんな白ナマズを見ることができたんだから超ラッキーと言うことになる?

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 基本的に水族館なので、家族連れが殆どだった、出口のお土産エリアも人人人の大盛況。売店の売上だけで通常の入場料を上回って仕舞うかも・・、そうあってほしいと思いながら外に出た。

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 そして、道の駅「那須与一の郷」の一角にある「与一伝承館」へと向かったが、途中にあったなす風土記の丘湯津上資料館にも寄って見学。昔の記憶ではこの辺りを通って居た東山道に関する展示があった筈と探したが見当たらない・・ので、早々に跡にした。
 そして与一伝承館に辿り着き、扇の的劇場で、からくり人形風ロボットと三面ワイドスクリーンの映画を鑑賞、客席数は53とのことだが、ほぼ満員だったので、やっぱりここでも、県民の日無料開放効果なのだろう。

 平家物語の記述を基に作った映画の様で、「ややー遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ」的な情景を見ながら、果たして現実的にはどうだった?に思いを馳せて仕舞って、何処か興ざめの心持ちになったのが正直な処、重文の名刀の展示もあったが、今では立派な美術品ではあるが、当時はやっぱり殺人兵器・・と何故か馴染めなかった。この日は吉野家のうな重とコスパ本位の昼食後、那須野が原博物館へと向かった。

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博物館の駐車場は満車
っなので隣の公民館駐車場に車を停めてと、ちょっと歩かねばならなかったが、那須疏水由のモニュメント、開拓農場で使われた当時米国から輸入した農機具等々が、序章の如く展示されて居た、この日は日差しが強くて木陰が何とも有り難い。

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 館内には無論、那須疏水のことが良く判る様に紹介されて居たが、福島の安積(あさか)疎水琵琶湖疏水と並ぶ日本三大疏水に挙げられるとのことを知った。
 (安積疎水は昔何回か参加した猪苗代湖一周ウオークでも歩いた情景を久しぶりに思い出した、最後に参加したのは風来坊さんとだったこと、翌週のでっかい道大会へと参加すべく仙台からフェリーで向かった筈だったこと、丁度今頃・・と懐かしく思い出す。確か歩行距離は約60km、山越えもあったから、今なら自転車で周るのが丁度良いかも?)

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 8月28日迄は、ホネ博2016として、人間を始めホネのある動物を対象にこんな写真の様にホネが展示されて居る、ここも家族連れでいっぱいだった。
 ライフスタイルから、跳ねるホネ、守るホネ、掴むホネ、飛ぶホネ、掘るホネ、泳ぐホネ、走るホネと分けて動物のホネを展示して居た様で、成る程面白い・・・なのだったが、その時はカンガルーやキリン等々のホネ姿に圧倒されて出て来て仕舞った・・・
 
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 そして最後に、この日新聞に、「ハナビシソウが6万本咲いている」と紹介されて居たので、そすいの郷直売センターを探して行って花畑が見つかった。
 明治時代の渡来し家紋の花菱に似ている故にハナビシソウと名が付いた、カリホルニアポピーとも呼ばれるとのことだった。やはり新聞で知って・・なのか結構見に来ている人は多かった。
 この日は県民の日協賛無料入場施設を求めて、計4施設+αを巡ったが、慌ただしく周ったと言うのが正直な処・・、しかし果たして来年はどんな一筆書きルートにしようか等と思案する楽しみもあって、この行事は有り難い。
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by funnpepe | 2016-06-17 08:49 | 旅行・イヴェント | Comments(0)

老神温泉から足利へ・日本百名城を巡る

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 老神温泉の宿を7:00に出発し、国道120に合流すべく坂を登る途中で温泉客向けの朝市をやって居た。この朝市会場の建物には、大蛇祭りの大蛇神輿が収容されて居る、そして大蛇神輿の長さは108mもあって、ギネス世界記録に「最も長い祭り用の蛇」として登録されて居るとのことだった。先ずは建物の中に入って、大蛇神輿に沿ってひと周りしたが、確かに長い・・これだけ長いとお祭りの担ぎ手は相当必要だなあ・・と心配する程だった。
 この長ーい神輿の先頭には赤城神社の賽銭箱が置いてあった、赤城神社の御神体が白へびで、白蛇は青大将の突然変異であることから、大蛇神輿は青大将を忠実に再現したもの、とのことだった。

 しかし、赤城山と言えば、戦場ケ原の名に由来する壮大な伝説がある、前日自転車で走り抜けて来た戦場ヶ原は、上野国(群馬県)の赤城神(赤城山)は大ムカデに、下野国(栃木県)の二荒神(男体山)は大蛇に変身して、中禅寺湖を巡る領地争いで戦った故に付けられた名と言うもの・・
 すると赤城神社の御神体はムカデでは無くて何故白蛇なのか・・なのだが、その伝説は下野国で生まれたもの、赤城山の御神体が白蛇だなんて知らない・・と言った処かも知れない。

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 この日も先ずは国道120号を走ったが、2013.11開通の椎坂(しいさか)トンネルを通って,椎坂峠を登らずに済んで、この日もずっと下り坂・・、やがて県道62号へと降りて、昭和村を走り、次には国道17号に降りても下り坂だった。8:20利根川の綾戸ダムの処で一休み・・

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 8:30綾戸梁付近で一利根川の絶景が見えて一休み・・と順調なサイクリングだった。国道17号(三国街道)の交通量は多いものの、道路も広く、路面も荒れて居なくて走りやすかった。我々は下り坂だが、せっせとペダルを回してやって来るサイクリストも結構見かけたりと、この辺りは主要なサイクリングルート・・と言った雰囲気もあった。

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 やがて三国国道と別れて渋川の街を通って、下り坂とはここでお別れだった。そうだった箕輪城は榛名山麓の独立丘陵にあるのだったから、長い上り坂が待って居た。10:10、この日最初の日本百名城の箕輪城に到着だった。

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 日本百名城と言えば、北海道松前城、秋田城、仙台城、明石城、姫路城・・そして首里城と、いろんな城を巡って来たが(と言っても、自分は日本百名城のスタンプを集めて居る訳ではない)、独立した丘陵(即ち榛名山麓にほっこりと盛り上がって居る丘状の山?)全体が御城になって居るから何しろ広大・・

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 1500年前後に長野氏が築城して以来4代に渡って支配したが、1566年武田信玄に攻められ落城。その後、武田氏、織田氏、北条氏、徳川氏と主が代わり、1598年井伊直政が高崎に城を移して廃城になったとのことだった。

 「本丸を巡る幅30~40mの空堀や城の中央部を南北に分断する役目の大堀切りなど・・全国的な規模を規模を誇る堀が場内各所に・・、当時の堀は現況のおよそ2倍程度の深さ・・」と貰ったパンフレットに書いてあった。

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 廃城になって約400年放置された広大な山城の一部を、歴史ロマンに思いを馳せながら、森林浴気分で山中を散策と言った処だった。立派なバイオトイレが設置されていたり、売店、観光案内所がある訳でもないが、百名城スタンプのボランティアの人が居たり、御城のパンフレットをくれたりと、好感度100%で中々良かった。

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 10:50、箕輪城を跡にして、いざ次の訪問地の大田市金山城へ出発、榛名山麓から前橋市へと快適な下り坂だった。しかしこの日も快晴で、気温が徐々に上がって来て居て、前橋の街に入って道がごちゃごちゃして来て、此処は果たして前橋?それとも高崎?と思う程、土地勘が無くなって居た。
 ウオーキングと違って、走ってさえ居ればそれなりの風が吹いて来るので、中々前橋を通リ抜けない焦りは無かった。そして漸く、県道2号を行けば大田市・金山城に辿り着くと見通しが立ったが、伊勢崎市を突っ切って、太田市も突っ切って・・と街中を走るのは想定以上に時間がかかった。若し快鳥さんが居てくれたら、あっちこっちと自転車向きの道を見つけてくれたかも?

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 そんな風に榛名山麓の箕輪城から爽快に坂を下り、前橋、伊勢崎、太田と雑踏の街を通り抜け、金山城への坂をせっせと登り、自転車を置いて、山道を駆け上がってと、何処か走れメロスのメロスの様な心持ち?(足利へのゴールの時間が気になって居た)だったからかも知れないが・・

 突然眼前に現れた金山城のこの情景はマチュピチュ遺跡?と感動だった。この石垣は所謂御城の防御の為ではなく、標高235.8の金山の山頂に建物を立てる等平地を確保する為の様だった。

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 そして石段を上がった先にはこんな景色が待って居た。多分冬の厳しい空気の中では、正面に富士山が・・そして左側の方にはスカイツリーが見えるかも?と言う素晴らしい景色だった。

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 この景色を思う存分楽しんでね!とばかり、ベンチがあって、建物の中には飲み物の自動販売機があって、百名城のスタンプが置いてあって・・と、この日訪れたベストスポット・・と思えて仕舞う(此処まで来るのに艱難辛苦?だったからかも知れないが)。

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 そんな建物の裏には、金山城の全容を表す模型もあった。こりゃー確かに自転車で登って来るのは大変?箕輪城も凄いと思ったが、この金山城は更に凄い・・と思って仕舞った。
 新田金山城(にったかなやまじょう)とも言うらしく、1469年新田一族の岩松家純の築城、上杉謙信の攻撃を退ける等難攻不落の御城だったが、1590年秀吉の小田原征伐の際の総攻撃で落城し廃城となったとのことだった。
 
 随分とゆったり時を過ごして仕舞ったが、ここから約10km先の百名城「足利氏館」にも行かねばならないからと、16:50金山城を跡にした。下り坂を一気に下り、国道407号をちょっと走って国道50号をくぐると、いよいよ足利市になって、渡瀬川を渡り・・

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 足利氏館着は17:40だった。この足利氏館には土塁と堀が巡らされ、平安時代後期の武士の館の面影が残されて居るとして、大正10年3月に史跡足利氏宅跡として国の史跡に指定されて居たのがきっかけで、百名城に挙げられた様だった。
 そして鎌倉時代の1197年、足利義兼が邸内に鑁阿寺を建立し、足利氏の守り本尊の大日如来を祀ったとのことだった、国宝の本堂、重文の経堂や鐘楼もあったが、金山城のスケールには敵わない・・と自分は思った。

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 折角来たのだからと隣の足利学校にも寄って見たが既にクローズ・・だった、東武電車で輪行して帰るwalkaholicさん、harumamaさんと別れ、JR足利駅に向かい、walkaholic式輪行袋収納法のお陰で18:15の電車に乗ることができた。

 箕輪城から金山城への長い区間は街中のダラダラ走り・・と思って居たが、この日の自転車記録に寄れば、走行距離118.6km、平均速度18.5km/h、最高速度42.2km/h、走行時間6:22と、意外と標準?
 そして今回は、ウオーキングと絡めない一泊二日のサイクリングでコンパクトな旅だった、それも善し・・とウオーキングを忘れそうになるのがちょっと心配。
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by funnpepe | 2016-06-15 23:00 | サイクリング | Comments(0)

日光から老神温泉へ、日本ロマンチック街道を走る

 梅雨入りして仕舞ったが、この日だけでも晴れてくれよと神に祈る思いだった。そしてその祈りが通じたのかの様な初夏の日光を感じながら、東武日光駅前を9:00に出発、旧日光市役所前にある「美味しい水」スポットに寄って、先ずはボトルに水を汲んで、清滝の街を抜けてと9.8km先の馬返しに向かって、国道120号を走った。
 標高538mの東武日光駅から、標高838mの馬返しまで、昔路面電車が走っていたが、日本一高い標高の路面電車だったそうだから、今残っていればとても貴重な観光資源?だったかも知れない。そして馬返しから標高1274mの明智平まではケーブルカーに乗り継ぎ、明智平から中禅寺湖へはバスで・・が定番だった。しかし今や、ケーブルカーもなくなって第二いろは坂が通って居る。
 馬返しから10:10、その第二いろは坂の登攀を開始・・、金曜日なのにひっきり無しに車が来るのには閉口だった。

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 しかし、徐々に高度が上がり、コーナ部で怖いと思う程見晴らしが良いのが唯一の救い・・、清滝の信号から馬返し迄一直線に登って来る坂や街を眺め下ろしながら坂を登った。
 新マイバイクは随分と軽くなったので、輪行は随分楽になった、そして坂を登るのも思った以上に軽快?とも感じる。数日前に羽黒山登りでゼイゼイハーハーだったのは、ペダルを回し過ぎだった、旧バイクの時の様に謙虚にじっくり登ればそれなりに楽?と気がついた。旧バイクはマイランドナーなのだから、重い車体もそれで善しと思って居たが、この日の実体験で、車体が軽いのは良いものだ・・と、宗旨替え?だった。
 一気に明智平まで行くのも有りなのかもしれないが、先ずは此処まで上がって来たゾーと、サイクリストなら大抵?一休みする黒髪平で、絶景を暫し眺める、そしてサイクリストが何組も登って来る様子も上から眺める・・筈だったが、来なかったのは残念。明智平着は11:20でこの辺りまではほぼ計画通リの時間で先ず先ずと言った処。 

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 明智平からは長いトンネルを抜け、下り坂を一気に中禅寺湖まで下り切り、中禅寺湖を左に見て菖蒲ケ浜へと走り抜けた。今回のサイクリングはwalkaholicさんとharumamaさんと3人だったから、先ずは中禅寺湖の入口で左折して、菖蒲ケ浜に向かわずに、イタリア大使館跡に向かっても行っても快適なサイクリングだったかも知れない?
 若し土曜日だったら栃木県民の日絡みで入場無料だった(来年だったらイギリス大使館跡も?)と、初夏を感じる中禅時湖畔のサイクリングを何時かしてみたいと思う程だった。

 そして11:50、竜頭の滝入口付近でクリンソウの小群落に偶然遭遇し暫し休憩。クリンソウの群落は千手ケ浜まで行かねば見られないと思って居たのでラッキーだった。我が家のクリンソウと違って、とても鮮やかな紅色が素晴らしい・・

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 竜頭の滝から戦場ヶ原までの登り坂は意外に厳つかった、漸く戦場ヶ原へ登り切れたと思う頃、小田代原への林道が見えて来て、
折角自転車で来たのだからと、12:30になって居たが小田代原に向かうことにした。

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 この湯ノ川は、湯ノ湖から湯滝、泉門池、戦場ヶ原を流れて来て、そして竜頭の滝へ・・なのだが、昔子供が小さかった頃この湯ノ川沿いに歩いたことも、nakamuraさんと500選で歩いたことも。

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 そしてなんと言ってもも、昔免許取り立ての頃に中古のマイカーでやって来て(当時は砂利路だったが一般車も通行可だった)、エンジンがかからなくなって点火プラグを取り出して(当時はそんなことが普通だったのも懐かしい・・)、果たしてエンジンが回ってくれるかと不安の中スパーク部分をテッシュでふいたこと(今思うと、ガソリン噴射量の調節が今一だった?)等々、甘く酸っぱい思い出がいっぱいの地点でもあった。

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 今思うと、この日この区間が何よりの癒しのサイクリングだったかも知れない。この林道には電気式定期バス、ハイカー、そしてサイクリストには「スピード出しすぎに注意」の警告があったがその警告に従い、ゆったりと走った。

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 そして小田代原を一望する休憩スポット着は12:40だった。ハイカーが沢山ベンチで休んで居て、コンビニでおにぎりを買って来て、ここで昼食が一番良かったのかも知れない(其処まで知恵が回らなかった)が、三本松茶屋で栃木カレーを食す。

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 戦場ヶ原ではワタスゲが見頃の筈なのだが見つからない・・、14:10戦場ヶ原を跡にした。時間があれば光徳牧場にも寄って見て・・と癒しのサイクリングルートは未だ未だあったが、湯の湖へと坂をせっせと登った。

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 そして標高1475mの湯の湖に辿り着いたのは14:30だった。正面に雪渓が、そしてその下に金精道路が見えて、標高1843mの金精トンネルへと登る、この日のメーンエヴェント?だった。

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 いろは坂と比べると、金精道路の方が厳つかったが、景色はその分素晴らしかった。湯ノ湖が段々小さくなって・・

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 まるで雲の上を走って居る様な情景もあって・・

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 15:25、金精トンネル栃木県側入口に辿り付いて、この日の登りは終了・・とほっとする瞬間だった。

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 そして残り約35kmは、群馬県に入って下り坂がずーっと続いた。
 菅沼までは緊張しながら、丸沼へも急な下り坂で慎重に・・と、ドロップハンドルでのブレーキングはフラットバーに比べて未だ未だ不安だった。しかし、金精神社を過ぎて白根温泉迄下ると、とうもろこし街道の看板が出て来て、これぞ日本のロマンチック街道!と味わいながら緩くなった坂道を爽快に走り抜けた。多分7~9月だったら、沢山並んで居る焼きとうもろこしのお店の何処かに止まって、夕食のことは考えず買って居たかも知れない。
 そんな雰囲気のロマンチック街道だったが、尾瀬へと向かう国道401との合流点、片品村の街を抜けると、漸く一直線に下って行く先に赤城山が小さく見えて、吹き割りの滝の地点に差し掛かった、17:10だった。

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 17:00を過ぎて居たので、静かな吹き割りの滝を散策できた。この処雨が少なかったから、水量は少なめ?だったかも知れないが、普通の滝とは違った趣が何とも良い・・と、訪れる毎に思う滝でもある。

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 老神温泉の宿には18:00頃に着いた。小さな旅館をうりにした我々?に取ってとても居心地の良い宿だった、ビールは大ビンで出て来たし、鮎飯も生臭さは全く無かったし、刺身も肉もイワナの唐揚げ、山菜の天婦羅も・・と満腹、何時か機会があれば又行ってみたい・・。

 この宿の標高は約530mと奇しくも東武日光駅とほぼ同じ標高だった、この日の最高地点の金精トンネルとの標高差は約1300mになる。
 サイクルコンピュータの走行記録は取れなかったが、山旅ロガーに寄れば走行距離74.6kmだった(walkaholicさんの記録に寄れば、走行距離81.5km、平均速度15.9km/hとのことで、平均速度の値も上出来?)。登りの約40kmは6時間半、下りの約35kmは2時間半のサイクリング旅と言うことになる。時間をたっぷり費やした上り、あっと言う間に感じた下り・・、どっちが良いと胸に問いたが、どっちも?良かったと今でも余韻が残って居る。
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by funnpepe | 2016-06-14 13:44 | サイクリング | Comments(2)

花散歩

 前日、駅ハイで約9.4kmも歩いたので歩きは程々に、そして東京、埼玉には雨雲が覆って居るから、県境の南側には近づかない様に、鹿沼花木センターやロマンチック村のさつき展は見て仕舞ったから他の処に、ガソリンをなるべく使わない様に・・と思案して、この日は井頭公園にやって来た。

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 処がここでも、真岡さつき愛好会主催のさつき展をやっていた。入口近くに先ず真岡市長、真岡市議会議長所有品が展示されて居た。華を添える意味合いがあるのかも知れないが、盆栽園から借りて来たのか?と邪推したく成る程見事なさつき盆栽なのに先ずは感心。

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 前週、鹿沼でもロマンチック村でも沢山のさつき盆栽を見たが、あっちこっちにこんなにも立派な盆栽があるんだなあ・・と感嘆、我が盆栽の仕上がりは未だ道遠し・・と思って仕舞う。

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 来年こそは枝ぶりも花付きもこんな風にしたいものと、しっかりと目に刻み込んだ。6月中には剪定も植え替えもきっちり終えたいものと、我がモチベーションも上がったかも知れない・・

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 そして薔薇園に行って見ると、休日だったこともあって大変な賑わいだった。薔薇の香りが漂う中を、旬の花をさがしその名前をチェックして・・と、散策した。

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 この日これぞ薔薇と感じたのは、このギィ・ドゥ・モーパッサンだったかも知れない。

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 つる薔薇では、このアメリカン・ピラー?

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 バレリーナと言う名のこの薔薇も今が見頃と咲き誇って居て、これぞ薔薇園と言った雰囲気を演出してくれて居る。
 この薔薇は四季咲きとのことだから、何時か又来た時にチェック?と思ったが、多分春のこの時期が一番華やかに咲くんだろうと思う程だった。

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 そして、釣り堀・バーバキューエリアに行って見ると、花菖蒲も見頃になって居た。蕎麦屋のおばさんに寄ると、この一週間であっと言う間に咲き揃ったとのことだった。

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 花菖蒲園となって居たから、アヤメでもカキツバタでもないよ・・と答えは判っては居たが、その違いはと改めてネットに教えて貰った。
 花弁の付け根が黄色い模様があるのがハナショウブ!とのことで成る程・・、アヤメは5月上旬、カキツバタは5月中旬なのに対しハナショウブは5月中旬~6月下旬に咲くらしいから、咲いて居て当然のことだったのかも知れない。

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 花菖蒲は世界に誇れる伝統的園芸植物と言って良い位、江戸時代から品種改良が進み今や、江戸系、伊勢系、肥後系、長井系、そして外国系(特にアメリカ)に分類されるそうだが、果たしてこの日見たハナショウブは何系なのかは判らない・・

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 さて、花めぐりは終わったし、少しは歩かねば・・と日陰を選んで歩くことにした。天気予報は曇りの筈なのだが、結構晴れて居て、直射日光に当たるのは辛かった。

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 涼しそうな池の近くの路を結局選んで仕舞って・・

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 ハコネウツギが咲いて居るのを見つけたり・・

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 ヤマボウシも見つけた、いつもは大木を下から見上げるパターンなのだが、未だ幼木?で見下ろす様な格好で、近くで見ると可愛いい・・

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 そしてスイレンも咲いていた、この日の歩行距離は4.8kmと少な過ぎ?しかし、

 日本ロマンチック街道サイクリング、旭川ツデーに絡めてオロロン街道サイクリングを控え、先日輪行の準備をすべく後輪を苦労して外した、フレームの後輪受け部の塗料の塗りムラをヤスリで削って対策して・・と、新マイバイクと仲良くして置くのが今の処、第一義。
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by funnpepe | 2016-06-09 07:20 | 花・野鳥 | Comments(0)

駅ハイ・咲き誇るポピーと奥州街道歴史散策

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 喜連川のポピー祭りを駅ハイに絡めて見に行こう・・とやって来た。10:30、道の駅「きつれがわ」をスタートし、荒川に沿ってポピ畑にに向かって歩いた。正面に喜連川城跡のお丸山公園と荒川に架かる橋が見える、江戸時代は木橋だった様で、宇都宮城と喜連川城を繋ぐ橋であることから、連城橋と言う名であることは今回知った、
 この連城橋を渡って荒川沿いに歩けばポピー畑なのだが、この日のコース全7kmの約半分をショートカットすることになって仕舞うからと、流石に気が引けて旧奥州街道へと向かうことにした。 

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 圃場整備された一直線の農道から里山の雰囲気あふれる道だった、この日は快晴で木陰に入るとほっとする。ユキノシタが群生して居て満開状態だったので、カメラを構えるとオドリコソウが目の前に咲いて居た。

 (最初は何処かで見たことあったけ?ヒメオドリコソウ、ホトケノザ?とネットで探って行って、どうやらこれがオドリコソウと判った、そして、オドリコソウは日本原産で「・・笠を被った踊り子が茎をぐるりと取り巻いて、裾をあでやかに翻しながら踊って居る・・」と読み進み、駅ハイ後のネットサーフィンも意外と面白いもの・・)

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 そして奥州街道(古道)の案内板が見えて来た。奥州街道は日本橋から宇都宮宿までは日光街道と重複し、白河、福島、仙台、平泉、盛岡、青森、三厩へと居たる日本最長の街道で、この辺りは山腹が度々崩れる難所だった為、明治になって迂回路の弥五郎坂が開削された為に往時の様子をとどめている・・とこれ又後でネットに教えて貰った。

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 当時の街道の道幅は、こんなものなのか、人も馬も、そして大名行列もこんな雰囲気の中歩いたのか・・と、思い馳せるだけでもこの区間は歩くのが楽しかった。
 やがて弥五郎坂に合流し、ポピー畑を遠く見下ろし喜連川へと向かったが、圃場整備された農道を、ショートカットの誘惑を抑えて日照りの中をコース通リに歩いて・・

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 漸くポピー畑に辿り着いた。此処まで後方からやって来る人には全て抜かれていたから、このポピー畑に駅ハイでは我々しか居ない・・と思って居たが、抜かれた人達が木陰のベンチや椅子に座って結構居ることが判って一安心?だった。

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 このポピー畑で、缶バッジ提示で湯茶のサービス有りとのことだったが、なんと冷たく冷やしたペットボトルとおつまみのサービスだった。参加費無料の駅ハイにしては破格?と感謝して暫いた。道の駅「きつれがわ」でたいやきを買って、途中の奥州街道・古道で食べて仕舞ったがここで食べれば良かったと思う程、のんびりゆったり・・

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 そして、連城橋を再び渡り、旧喜連川城の武家屋敷エリアに入り、寒竹囲いの家へと辿り着く。ここには案内ガイドの人が居て、この辺りに生えている寒竹を使って塀にすることを殿様が奨励したこと、板塀より費用がかからないから・・だったが、今では、竹が成長仕切った頃の7月に、両側から挟んで居る真竹を外して寒竹を剪定して形を整えなければならない等相当の人手がかかること、今やこの寒竹塀を維持して居るのは7軒のみ・・になって仕舞って居ること等々を教えて貰った。

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 そして、御用堀から、喜連川神社の大きな欅の前を通リ、大手門へと歩いた。大手門にも案内ガイドの人が居て、どうやら笹谷別邸の庭も見学できそうなので行って見ることに・・

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 新聞に寄れば、前週の2日間だけの特別公開の筈?なのだが、門が空いて居たし、入っちゃ駄目の表示も無かったので、勇気を出して、取り敢えず庭をひと周り・・・
 喜連川で唯一残る武家屋敷で、樹木は江戸時代に植えられたものとのことだから、確かに今思うと庭が鬱蒼として仕舞っては居たが、池や大きな灯篭が当時の面影を残して居た。

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 そして近くの食堂でキーマカレーセット800円也を食す。全国展開のレストランでは無いから、アメリカ並みとまではいかないがボリュームもあった、あと200円でデザートとコーヒが付くとのことだったが、満腹で断念。

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 腹ごなしに喜連川名物?の自噴井(じふんせい)巡りをすべく、小学校、大正時代の旧警察署と周って、リンゴジュースのサービス地点に辿り着く、冷やしたお土産販売用の本物?のビンの栓を抜いて紙コップに並々と注いでくれる等々、この日の駅ハイは、中々のおもてなしだった。

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 最後は喜連川足利氏の菩提寺の龍光寺(りゅうこうじ)へ、足利尊氏の末裔である喜連川足利氏は五千石の領地ながら十万石の大大名と同等以上の待遇を受けたこと、寺宝の足利尊氏公木造が春分、秋分の日辺りに開帳されることも、この日の駅ハイをきっかけに知ることができた。この日の歩行距離は公称7kmの処を9.4kmも歩いて、14:30のゴールだった、湿気が低いのも助かった、久しぶりに歩き周れて満足・・

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by funnpepe | 2016-06-07 07:54 | ウオーキング | Comments(0)

新マイバイク

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 マイバイクを新調して2週間になる、サドルとペダル、ドリンクホルダー、そして荷台を旧バイクから付け替え、新調した後方点滅ライトは荷台に付けて・・と、いつでも乗り出せる様になった。
 今度のクロモリロードの公称重量はペダル抜きで8.9kgだから、旧バイクに比べ4,5kg軽くなって居る筈だ、最近輪行袋を担ぐのが重くて堪らん状態になって、遂に新調して仕舞った。先ずはバイクを畳んで輪行袋に収納し、担いで改善度合いを実感すべきなのだろうが・・

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 しかし走って見るのが先きだろうと、自宅周回ルートを試走した。心配していたドロップハンドルの操作は慣れれば何とかなる・・、クラシックなWレバー操作も慣れが必要なのだが、アナログ的な操作は性にあっていそうだし・・と、ほぼ満足だった。

 又、新バイクのホイールのスプロケットは12-25Tに加えて、ネットで11-30Tのスプロケットを調達し旧ホーイールに装着した、未だ旧ホイールのタイヤ幅が26mmなので、23mmの新タイヤに交換するまで使えないが、その内、12-25Tと11-30Tのどっちがこれからの自分に合うのか確かめて行きたい・・と思って居る。

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 さて、いつまでも新マイバイクを玄関に飾って置いてもしょうがないから・・、おニューのままで自転車を畳んで輪行袋に入れて見るのも何となく嫌・・と、この日は本格的?に遠乗りして、坂の登り具合を確かめて見ようと羽黒山に向かった。

 旧バイクのスプロケットは、13-26Tから始まって、12-25Tに代えて、平地重視で12-23Tにして、結局12-25Tが無難と落ち着いたが、この羽黒山への登りで、12-23Tの時はとても厳つかった。しかし新バイクは随分と軽くなったし、スプロケットも12-25Tと実績もあるし・・と思ったが

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 久しぶりの羽黒山クライムは厳つかった、途中で脚の筋肉がピクピク言い出して痙攣寸前?と言うことは無かったものの、ゼーゼーハーハと喘ぎながらやっと登ったと言うのが正直な処だった。見晴らし台に立って、遠く筑波山を眺めながら、息を整えるのに長い時間が必要だった。

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 体力落ちたのかなーと実感するものの、未だ11-30Tのスプロケットを試す楽しみが残って居るから、又今度・・と山頂を跡にして坂を下った・・

 下り初めは、フラットバーに比べてブレーキの効きが今一?坂を下りながらWレバーを操作するのは無理?と不安一杯だった。しかし、ドロップハンドルの下側にポジションを変えてブレーキをしっかり握れる様に・・、ギアチェンジは走りを予測して早めにwレバーを操作して・・と、坂を下りきる頃には自己流の対策案が見つかった。

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 そして、登って来た羽黒山を背景に写真を撮って、向かい風だったが、せっせとペダルを回して帰って来た。流石ドロップハンドル!向かい風も走るのが楽しい?この日の記録は、走行距離31.5km、平均速度20.3km/h、最高速度35.9km/h、走行時間1:33だった。

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 そして翌日の今日は、龍門の滝迄ひとっ走り、走行距離49.8km、平均速度20.3km/h、最高速度42.2km/h、走行時間2:26だった。

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 龍門の滝を撮って帰ろうとカメラを構えた処に、丁度烏山線の電車が走って来て・・とラッキーだったが、バイクが押し流される程風が強かった。

  フラットバーの旧バイクでは、肩幅位までハンドルを短くし、角を付けてドロップハンドル並に走れる様にと工夫したが、ドロップハンドルの威力恐るべし・・と実感した、今の処(今日だけかも知れないが)向かい風歓迎・・
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by funnpepe | 2016-06-02 19:24 | サイクリング | Comments(0)


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